【ジョジョ1部】全ての原点。ファントムブラッドが描く人間賛歌と北風と太陽の因縁を徹底解説

【ジョジョ1部】全ての原点。ファントムブラッドが描く人間賛歌と北風と太陽の因縁を徹底解説
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こんにちは、yasuです。

長く続く物語には、必ず「偉大なる一歩目」が存在します。現在も世界中で愛され続けている『ジョジョの奇妙な冒険』シリーズ。その壮大なサーガの原点である第1部、『ファントムブラッド』を、皆さまはすでにご覧になったでしょうか。

本シリーズの転換点となった、第3部以降のスタンド能力バトルから入った方や、最近のスタイリッシュな絵柄に慣れている方にとって、第1部は少し「泥臭い」あるいは「展開が重厚すぎる」と感じられるかもしれません。しかし、僕は断言します。この第1部こそが、ジョジョという作品の魂を決定づけた最高傑作の一つであると。

今回は、大人になった今だからこそ見返したい、ジョナサン・ジョースターとディオ・ブランドーの因縁と友情、そして作品全体を貫く「人間賛歌」のテーマについて、じっくりと語らせてください。

伝説の幕開け:19世紀イギリスを舞台にした貴族と貧民のドラマ

物語の舞台は1880年代のイギリス。産業革命の光と影が交錯する時代です。主人公ジョナサン・ジョースター(ジョジョ)は、由緒ある貴族の一人息子として、何不自由なく、しかし厳しく育てられました。一方、貧民街で生まれ、父から虐待を受けて育ったディオ・ブランドー。

この二人の出会いから、運命の歯車は回り始めます。ディオはジョースター家の養子となり、表向きは好青年を演じながら、裏ではジョナサンを精神的に追い詰め、最終的にはジョースター家の乗っ取りを画策します。

第1部の魅力は、単なるバトルアニメにとどまらない、この重厚な「大河ドラマ」のような人間関係にあります。血統と環境、善と悪。相反する要素がぶつかり合い、火花を散らす様は、まさに古典文学のような趣があります。

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ジョナサンとディオ:北風と太陽の対比

僕が第1部で最も惹かれるのは、ジョナサンとディオの圧倒的な対比構造です。これはイソップ童話の「北風と太陽」にも例えられます。

ディオは「北風」です。圧倒的な力と恐怖で人を支配しようとします。彼のカリスマ性は凄まじく、悪であることを隠そうともしないその姿勢に、奇妙な魅力を感じる読者も少なくないでしょう。「おれは人間をやめるぞ!ジョジョーッ!!」という名台詞にあるように、彼は力を得るためなら人間性さえも喜んで捨て去ります。

対するジョナサンは「太陽」です。彼は決して器用なタイプではありません。ディオに愛犬を蹴られたり、恋人エリナとの仲を引き裂かれたりと、序盤は見ていて胸が痛くなるほど追い詰められます。しかし、彼はその逆境の中で、怒りを爆発させつつも、決して「紳士」としての誇りや優しさを失いません。

ディオが寒さ(恐怖)で人のコートを吹き飛ばそうとするなら、ジョナサンは温かさ(勇気と正義)で人の心を動かします。この二人のコントラストが明確だからこそ、物語の軸がブレることなく、僕たちの心を熱く揺さぶり続けるのです。

また、アニメ版ならではの魅力として、独特の擬音(「メメタァ」「ズキュウウゥン」)を忠実に再現した演出や、オープニング曲『ジョジョ〜その血の運命〜』の熱量も見逃せません。視覚と聴覚の両面から、ジョジョの世界観に没入できるはずです。

Warning

ここから先は、物語の核心に触れるネタバレが含まれます。

まだ作品をご覧になっていない方は、ここで前のページに戻るか、視聴後に改めてお読みいただくことをおすすめします。

「人間賛歌」とは何か:ツェペリ男爵の教え

物語中盤、吸血鬼となり人知を超えた力を手に入れたディオに対抗するため、ジョナサンはウィル・A・ツェペリ男爵から「波紋法」を学びます。ここで語られる言葉こそが、シリーズ全体を貫く最重要テーマです。

「人間賛歌は『勇気』の賛歌ッ!! 人間のすばらしさは勇気のすばらしさ!!」

ツェペリ男爵は言います。ノミには勇気がない、なぜならノミのそれは勇気ではなく無謀。恐怖を知り、それを受け入れた上で立ち向かうことこそが「勇気」であり、人間としての誇りなのだという教えです。

僕たちも、社会の中で多くの不安や恐怖に直面します。理不尽な要求、将来への不安、健康の問題。しかし、それらから目を背けず、震える足で一歩を踏み出す瞬間にこそ、人間の価値があるのだと、この作品は教えてくれます。不死身の吸血鬼であるディオが「恐怖を忘れた存在」であるのに対し、生身の人間であるジョナサンたちが「恐怖を乗り越える存在」として描かれている点に、原作者・荒木飛呂彦先生の強いメッセージを感じずにはいられません。

壮絶な闘いの果てに:奇妙な友情と継承

第1部の結末は、決して手放しのハッピーエンドではありません。むしろ、悲劇的と言えるでしょう。

新婚旅行の船上で、首だけになったディオの襲撃を受けるジョナサン。彼は喉を貫かれ、死を悟ります。しかし、その最期の瞬間にジョナサンが見せたのは、憎しみではなく、ディオへの奇妙な「友情」と「慈愛」でした。

ジョナサンは、自分とディオが表裏一体の存在であることを認め、ディオの首を抱きかかえたまま、爆発する船と運命を共にします。このシーンの美しさと切なさは、言葉では言い表せません。正義が悪を倒して終わる勧善懲悪ではなく、善が悪さえも包み込み、そして次世代へと希望を託して散っていく。この深みこそが、ジョジョ第1部の真骨頂です。

ジョナサンの肉体は滅びましたが、その「黄金の精神」は妻のエリナ、そしてまだ見ぬ子孫(ジョセフ・ジョースターら)へと受け継がれていきます。第1部は「ジョナサンの死」で終わりますが、それは「ジョースター家の物語」の始まりに過ぎないのです。

もし、ジョナサンが生きて幸せな余生を送っていたら、その後の壮大なサーガは生まれなかったかもしれません。彼の犠牲があったからこそ、その意志は時を超え、血統を超えて、後の承太郎や徐倫たちへと繋がっていくのです。

まとめ:今こそ第1部に触れてほしい

『ジョジョの奇妙な冒険 第1部 ファントムブラッド』は、わずか9話(アニメ版)という短さの中に、人生において大切なことが凝縮されています。

  • 逆境にあっても、紳士としての誇りを捨てないこと。
  • 恐怖を我が物とし、勇気に変えて進むこと。
  • 自分とは異なる存在(北風)を理解し、時には受け入れる強さを持つこと。

派手なスタンドバトルも魅力的ですが、生身の肉体と波紋の呼吸だけで運命に立ち向かったジョナサンの生き様は、現代を生きる僕たちに静かな勇気を与えてくれます。

「古そうだから」「絵が濃いから」と敬遠していた方がいれば、ぜひ一度、この熱量に触れてみてください。そこには、時代を超えて輝き続ける「人間賛歌」があります。そして見終わった後、きっと皆さまは第2部『戦闘潮流』を再生せずにはいられなくなっているはずです。

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Wrote this article この記事を書いた人

yasu

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YASU GAME LIFE CHANNELのyasu本人によるブログです。乙女ゲーム好きな実況者です。皆と居心地の良いストレスのない場所を作るのが目標です。今までの動画・ライブ配信のまとめだったり、日々の想いを綴ります。 ※当ブログはアフィリエイト広告(Amazonアソシエイト含む)を掲載することがあります。

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