
こんにちは、yasuです。
2025年10月3日、映画『火喰鳥を、喰う』が公開されました。気になっていたものの、リアルタイムで見ることはできず、先日ようやく配信で見ることができました。視聴したあと、呆然としてしまったのは僕だけではないはずです。「怖かった」という単純な感情よりも、「今、僕は一体何を見せられたんだ?」という心地よい混乱が頭を支配していませんでしたか。
第40回横溝正史ミステリ&ホラー大賞を受賞した原浩先生の同名小説を原作とし、本木克英監督がメガホンを取った本作。水上恒司さん、山下美月さん、そして映画単独初出演となるSnow Manの宮舘涼太さんという豪華キャストが話題ですが、蓋を開けてみれば、視聴した人の脳を揺さぶる「怪作」でした。
原作未読の状態で視聴した僕にとっても、この映画は非常に難解でした。正直に言えば、一度観ただけでは理解できない部分も多々あります。しかし、だからこそ「分からないこと」を紐解いていく面白さがあると思います。ネット上でも「意味不明」という声と「考察が止まらない」という熱狂が入り混じっています。
この記事では、原作未読の視点から、この複雑怪奇な物語をポジティブに楽しみ尽くすための考察をまとめました。ホラー映画だと思って観に行ったら、いつの間にか迷宮に迷い込んでしまった皆さまへ。僕と一緒に、この「火喰鳥」の謎を解き明かしていきましょう。
先ほども言ったように、原作未読のため、所々解釈が誤っている部分もあるかもしれません。ご了承ください。
豪華キャストが織りなす「静」と「狂」のアンサンブル
まずは、作品の核となるキャラクターと、それを演じるキャストの魅力について触れておきましょう。本作はホラーというジャンルを謳っていますが、直接的な恐怖描写よりも、人間関係の不穏さや心理的な圧迫感に重きが置かれているように感じました。
主人公の久喜雄司を演じるのは水上恒司さん。彼は一見普通の一般男性ですが、曰くつきの家系の出身です。水上さんの演技は非常に抑制が効いており、不可解な現象に巻き込まれていく「受け」の芝居が、観客の不安を代弁してくれます。彼が演じる「静」の部分があるからこそ、周りの狂気が際立ちます。
雄司の妻、夕里子を演じるのは山下美月さん。彼女は昔から自分に特別な力があることを自覚しているという、ミステリアスな役どころです。透明感の中にどこか触れてはいけないような危うさを秘めており、物語の鍵を握る存在として圧倒的な説得力がありました。
そして、本作最大の見どころと言っても過言ではないのが、夕里子の大学時代の先輩であり、彼女に並々ならぬ執着を抱く北斗総一郎を演じた宮舘涼太さん(Snow Man)です。映画単独初出演とは思えないほどの存在感でした。北斗の持つ「得体の知れない感じ」「傲慢さ」「目的のためなら手段を選ばない冷徹さ」が、宮舘さんの優雅な立ち居振る舞いと相まって、独特の恐怖を生み出しています。特に「眉毛の演技」と評されるような微細な表情の変化は、北斗という男が常に状況をコントロールしている余裕を感じさせ、観る者の背筋を凍らせます。
ホラー映画と聞くと身構えてしまう方もいるかもしれませんが、本作は「幽霊が飛び出してきて驚かされる」タイプの作品ではありません。じっとりと湿度の高い恐怖が続き、後半はミステリ、そしてSFへとジャンルが横断していくため、ホラーが苦手な方でも十分に楽しめる内容になっています。
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※ただし、配信終了している可能性があります。
「日記」が引き起こす世界線の侵食
物語は、雄司の大伯父である貞市の残した日記が見つかったことから動き出します。この日記には、不思議な魔力、念が込められているのか、「ヒクイドリヲ クウ ビミナリ(火喰鳥を喰う、美味なり)」という不可解な言葉が記されます。戦地での飢餓状態における幻覚なのか、それとも実在の怪物なのか。未読の僕には当初、それが何を意味するのか判然としません。
しかし物語が進むにつれ、この日記が単なる記録ではなく、貞市の強烈な「生への執着」を封じ込めた呪物であることが明らかになっていきます。日記は、過去と現在を繋ぐポータルのような役割を果たし、貞市が「生きている世界線」と「亡くなっている世界線」の境界を曖昧にしていくのです。
作中で描かれる怪異は、手帳にまつわる特定の事象をトリガーとして発動します。墓石から名前が消えたり、削られたりする描写は、歴史そのものが書き換えられていることの視覚的なメタファーなのでしょうか。僕たちが普段信じている「確定した過去」が、強い執着によって流動的なものへと変質していく様は、幽霊を見るよりも恐ろしい体験でした。
独自概念「籠り(こもり)」と量子力学的な恐怖
本作を難解にしている要因の一つに、独自の概念である「籠り(こもり)」があります。劇中では、分子や放射線、量子力学といった科学用語を用いて説明される場面がありました。
「籠り」は簡単に言うと、ものに宿る思念みたいなものでしょうか。
量子力学には「観測するまで状態は確定しない」という考え方があるようですが、本作のように強い思念が籠った日記は、強い執着(観測)によって、不確定だった現実を自分に都合の良い形に無理やり固定してしまう力があるのではないでしょうか。貞市の「生きたい」という執着が放射線のように周囲へ伝播し、接触した雄司たちのDNAや運命を変異させていく。それはまるで、科学とオカルトが融合した悪夢を見ているようでした。
夕里子の弟、亮(豊田裕大さん)が「自分でもなぜ書いたか分からない」と言いながら日記に書き込みを行ったシーンは、この「伝播する執着」に自我が侵食された瞬間だったのだと思います。個人の自由意志すらも、過去からの巨大なエネルギーの前では無力化されてしまうのです。
北斗総一郎の「執着」が完成させた世界
この物語の真の恐ろしさは、貞市の怨念そのものよりも、それを利用しようとした人間、北斗総一郎にあります。彼は超常現象の専門家のように振る舞いながら、その実、怪異を解決するつもりなど毛頭なかったように見えます。
北斗の目的は一貫して「夕里子を手に入れること」。彼は貞市の日記が持つ「現実を改変する力」に気づき、それを利用して、夕里子が自分のものになる世界を作り上げようとしたのだと思います。宮舘涼太さんの演技が素晴らしかったのは、この「狂気的な執着」を、情熱的な愛の言葉ではなく、冷静沈着な支配者の態度で表現していた点です。彼が見せる余裕は、すべてが自分のシナリオ通りに進んでいるという確信から来るものだったのでしょう。
貞市が生きている世界線において、雄司が北斗を殺めるという展開がありました。北斗が雄司にそうするように誘導されたのです。通常であれば、これは殺人という罪になります。しかし、この作品の論理では、これが因果の改変を引き起こすトリガーとなりました。雄司が「北斗を殺した世界」が発生したことで、反作用的に「雄司が存在しない(あるいは死んでいる)世界」が確定し、結果として夕里子は雄司の妻ではなく、北斗の妻となる運命に書き換わってしまったのだと思われます。
ラストシーンの解釈:眼差しが語る「消えない記憶」
映画のラスト、世界は完全に書き換えられていました。北斗は夕里子の夫として成功し、雄司は過去に死んだ人間、あるいは全くの他人として処理されています。これは雄司の視点から見れば、妻を奪われ存在すら抹消されるという、完全な「負け」です。胸が張り裂けるバッドエンドのように感じます。しかし、執着を貫き通した北斗にとっては、これ以上ないハッピーエンドと言えるでしょう。
ここで注目したいのが、ラストシーンでの雄司と夕里子の交錯です。改変された世界では、二人は夫婦ではありません。しかし、二人はすれ違いざまに、何らかお互いに気づいたような様子を見せました。特に夕里子が雄司に向けた、何か言いたげな眼差し。あれは何を意味していたのでしょうか。
僕はここに、夕里子の持つ「特別な力」が関係していると考察します。世界が物理的に書き換えられ、記憶が操作されたとしても、彼女の魂の深層には雄司との日々の記憶が残滓として刻まれているのか。あるいは、彼女自身もまた、北斗の執着を受け入れつつ、どこかでこの世界の「歪み」を観測し続けているのかもしれません。
あの眼差しは、消されたはずの愛が、因果の壁を越えて一瞬だけ火花を散らした瞬間だった。そう解釈することで、この救いのない結末にわずかな希望を見出したくなります。
まとめ:僕たちは「執着」の物語を生きている
映画『火喰鳥を、喰う』は、ホラーの皮を被った壮大なSFミステリであり、人間の業を描いた人間ドラマでした。ジャンルが次々とスライドしていく展開に、観ている間はずっと振り回されっぱなしでしたが、見終わった後にこれほど語りたくなる映画も珍しいです。
「わけがわからない」と感じたその感覚こそが、この映画の狙いなのかもしれません。現実というものは、僕たちが思っているほど強固なものではなく、誰かの強い「執着」によって簡単に書き換えられてしまう脆いものかもしれない。そんな不安、あるいは可能性を、この作品は提示しています。
もし、皆さまがこの映画を見てモヤモヤしているなら、ぜひ原作小説も手に取ってみてください。僕も時間があったら、原作小説を読み込んで、自身の解釈がどこまで合っているのか確認してみようと思います。きっと、映画では省略されたロジックや背景が補完され、また違った景色が見えてくるはず。そしてもう一度、宮舘涼太さんのあの不敵な笑みを確認しに行きましょう。二度目の鑑賞では、きっと最初とは違う世界が見えているはずですから。
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Wrote this article この記事を書いた人
yasu
YASU GAME LIFE CHANNELのyasu本人によるブログです。乙女ゲーム好きな実況者です。皆と居心地の良いストレスのない場所を作るのが目標です。今までの動画・ライブ配信のまとめだったり、日々の想いを綴ります。 ※当ブログはアフィリエイト広告(Amazonアソシエイト含む)を掲載することがあります。