【ネタバレなし】映画『怪物の木こり』感想!亀梨和也の美しき狂気と泣けるラストを徹底解説

【ネタバレなし】映画『怪物の木こり』感想!亀梨和也の美しき狂気と泣けるラストを徹底解説
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こんにちは、yasuです。

公開前から「サイコパスvs連続殺人鬼」というセンセーショナルな設定で話題を集めていた映画、『怪物の木こり』をご存じでしょうか。

三池崇史監督がメガホンを取り、亀梨和也さんが主演を務めた本作ですが、実際に視聴して感じたのは、単なるバイオレンス映画の枠には収まらない「人間ドラマとしての深み」でした。

一部のレビューでは賛否が分かれているようですが、この作品は、観る者の倫理観を揺さぶり、最後には予想もしなかった涙を誘う「怪物的」な傑作だと感じました。

今回は、なぜこの映画がこれほどまでに心に刺さるのか、4つの見どころを中心に徹底解説していきます。

亀梨和也が体現する「美しきサイコパス」の真骨頂

本作を語る上で外せないのが、主人公・二宮彰を演じた亀梨和也さんの圧倒的な演技力です。

彼が演じるのは、表向きは優秀な弁護士でありながら、その裏では目的のために殺人も厭わない冷酷なサイコパスという役どころです。一部では「感情が見えない」といった声もあるようですが、それこそがこの役柄における正解であり、亀梨さんの計算し尽くされた演技プランの賜物だと言えます。

亀梨さんは、表情筋の動きを極限まで制限する「引き算の演技」によって、良心が欠如した人間特有の異質さを表現しています。特に素晴らしいのが「目」の演技です。整った顔立ちの中に宿る瞳は、時に爬虫類のように冷たく、時にすべてを吸い込むブラックホールのような虚無感を漂わせています。

冒頭、怪物に襲撃された直後、とっさに現場を強盗事件に見せかける工作を行ったと思われるシーンがあります。この一連の動作における亀梨さんの動きはあまりに合理的でスムーズであり、観る者に「美しい恐怖」を感じさせます。大声を上げたり暴れたりするよりも、無表情で淡々と異常な行動をとる姿の方が、サイコパスとしてのリアリティを強烈に放つのです。

連続殺人鬼との頭脳戦!「犯人は誰だ?」とワクワクする展開

ミステリー映画としての本作の醍醐味は、「怪物の木こり」という不気味なモチーフと、それが引き起こす連続猟奇殺人の謎解きにあります。

物語は、絵本『怪物の木こり』の怪物のお面を被った人物が、斧で頭を割り、被害者の脳を持ち去るという衝撃的な事件から動き出します。「なぜ犯人は脳を持ち去るのか?」「二宮を襲った犯人の正体は一体誰なのか?」という謎が、観る者の知的好奇心を強く刺激します。

通常のミステリーと一線を画すのは、事件を追う主人公自身が殺人鬼(サイコパス)であるという点です。彼が犯人を追う動機は正義感ではなく、自分を殺そうとした犯人への復讐と自己保身です。この「悪 vs 悪」の構図が、物語に予測不能な緊張感をもたらしています。

展開について「強引だ」と感じる方もいるかもしれませんが、それはジェットコースターのようなドライブ感を楽しむためのスパイスです。警察の捜査と、サイコパスによる裏の捜査が交錯し、やがて一つの真実に収束していく過程は、極上のエンターテインメントとして昇華されています。

吉岡里帆と菜々緒が魅せる「静と動」のコントラスト

主演の亀梨さんを支える二人の女優、吉岡里帆さんと菜々緒さんの演技も、本作の世界観を構築する上で欠かせない要素です。

警視庁のプロファイラー・戸城嵐子を演じた菜々緒さんは、まさに「剛」の存在感を放っています。これまでの華やかなイメージとは一味違う、地味なスーツに眼鏡、少しボサボサの髪という出で立ちで、捜査に没頭する刑事の焦燥感や執念を見事に体現しています。彼女が画面に登場することで物語に緊張感が生まれ、映画全体が引き締まります。

一方、二宮の婚約者・荷見映美を演じた吉岡里帆さんは、この狂った世界における唯一の「日常」や「良心」を象徴する存在です。サイコパスや殺人鬼が跋扈する非日常的な状況に巻き込まれ、戸惑い、恐怖する姿を繊細な表情の変化で演じきっています。菜々緒さんの「強さ」と吉岡さんの「脆さ」という対照的な二人の女性キャラクターが配置されることで、物語に奥行きとバランスが生まれているのです。

サスペンスの奥にある「切なさ」に涙する

『怪物の木こり』を単なるサイコパス映画だと思って鑑賞すると、良い意味で裏切られるのが、終盤に訪れる「切なさ」です。

物語が進むにつれて明らかになるのは、連続殺人犯が生まれた背景にある悲劇的な過去です。犯人もまた、ある意味での被害者であり、その凶行は歪んだ形での救済や復讐であったことが示唆されます。多くのレビュアーが「実は悲しいストーリー」「理由に泣ける」と評価している通り、本作の根底には、どうしようもない運命に翻弄された人間たちの悲哀が流れています。

そして最大の焦点は、感情を持たないはずの二宮に訪れる変化です。吉岡里帆さん演じる映美との関わりを通じて、二宮の中にこれまで存在しなかった「何か」が芽生え始めます。ラストシーンで見せる二宮の決断と行動は、多くの観客の涙腺を刺激しました。

「ラストが尻すぼみ」という意見も見受けられますが、安易なハッピーエンドに逃げず、観客の心に棘を残すような終わり方を選択したことは、映画としての誠実さの表れだと僕は感じます。怪物として生きるしかなかった男の、最初で最後の人間らしい選択。その哀しみを噛み締めることこそ、この映画を味わう最良の方法だと感じています。

まとめ:今こそ観るべき「愛」の物語

映画『怪物の木こり』は、表面的なジャンル分けを拒絶するような、複雑で奥深い作品です。

サイコパス・サスペンスとしてのスリル、ミステリーとしての謎解きの面白さ、そしてヒューマンドラマとしての切なさ。これらすべての要素が、三池崇史監督というフィルターを通して混ざり合い、独自の形を成しています。

「グロテスクな表現が苦手」という方もいるかもしれませんが、本作における血の描写は一種のアートのようにスタイリッシュであり、物語のテーマを際立たせるために必要な演出です。食わず嫌いをせずに、ぜひこの美しき怪物の物語に触れてみてください。

きっとあなたも、ラストシーンで流れるSEKAI NO OWARIの主題歌「深海魚」を聴きながら、タイトルの本当の意味に思いを馳せ、涙することになるはずです。

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yasu

yasu

YASU GAME LIFE CHANNELのyasu本人によるブログです。乙女ゲーム好きな実況者です。皆と居心地の良いストレスのない場所を作るのが目標です。今までの動画・ライブ配信のまとめだったり、日々の想いを綴ります。 ※当ブログはアフィリエイト広告(Amazonアソシエイト含む)を掲載することがあります。

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