映画『君の顔では泣けない』ネタバレ考察:結末の意味と15年の葛藤が教える人生の受け入れ方

映画『君の顔では泣けない』ネタバレ考察:結末の意味と15年の葛藤が教える人生の受け入れ方
この記事はだいたい 12 分前後で読めます。

こんにちは、yasuです。

アマゾンプライムビデオでの配信をきっかけに、映画『君の顔では泣けない』を視聴しました。

君嶋彼方先生による同名の小説を原作とした本作は、青春時代に心と身体が入れ替わってしまった男女の、その後の長い人生を描いた物語です。

僕は原作未読で、見たいなと思いつつも、劇場公開時もリアルタイムでは鑑賞できていませんでした。しかし、今回配信でこの作品に触れ、予想をはるかに超える深い人間ドラマと、静かに心に響く美しい余韻に強く惹きつけられました。

「もしも自分ではない誰かになってしまったら」という問いは、ファンタジーの世界だけの話ではないのかもしれません。僕たちは皆、社会や家庭の中で何らかの役割を演じ、時に本当の自分を見失いそうになることがあります。本作は、そんな日々の息苦しさや違和感にそっと寄り添い、それでも生きていくことの尊さを教えてくれるような温かい作品です。

今回は、この映画が持つ魅力と、そこに込められたメッセージについて、深く掘り下げてレビューしていきたいと思います。

映画『君の顔では泣けない』作品概要と見どころ

物語の始まりは、高校時代。同じクラスの坂平陸と水村まなみは、ひょんなことから一緒にプールに落ちてしまい、それをきっかけに心と身体が入れ替わってしまいます。

入れ替わりを題材にした作品は数多く存在しますが、本作が他と一線を画しているのは、「いつか元に戻れる」と信じながらも、結局戻れないまま大人になっていく日々を徹底的なリアリティで描いている点です。

彼らは入れ替わった状態のまま、進学、就職、そして社会人としての生活を迎えることになります。元の身体に戻るためのドタバタ劇ではなく、自分ではない他人の身体で、どのように日常を築き、社会と折り合いをつけていくのかという、非常に静かで切実なテーマが根底に流れています。

人生を長く歩んでいると、自分の望んだ道とは違う場所で生きていかなければならない場面に直面することがあります。陸とまなみが抱える「本来の自分とは違う姿で生きる」というテーマは、そうした人生の不可抗力に対する普遍的なメタファーとしても感じられ、深く考えさせられます。

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「器」と「中身」の違和感を表現する俳優陣の圧倒的な演技力

本作を語る上で絶対に外せないのが、主演を務めるお二人の素晴らしい演技です。

坂平陸の身体に入った水村まなみを演じる髙橋海人さんと、水村まなみの身体に入った坂平陸を演じる芳根京子さん。この二人が、それぞれの「器(身体)」と「中身(心)」が違うという事実を、ごく自然な、しかし確かな違和感として表現しています。

まなみ(中身は陸)は、女性の身体でありながら、どこか無防備で男性的な骨っぽさを感じさせる歩き方や、視線の動かし方をします。彼女がふとした瞬間に見せる戸惑いの表情からは、自分の身体に対するどうしようもない違和感を抱えながら生きていることが痛いほど伝わってきます。

対する陸(中身はまなみ)は、男性の身体で周囲からは何かと器用に生きているように見られています。しかし、その立ち振る舞いの中に、隠しきれない女性的な柔らかさや、無理をして社会に適応しているような危うさが滲み出ています。

この対比が見事であり、言葉で説明されずとも、彼らがどれほどの葛藤を抱えて毎朝鏡を見ているのかが察せられます。自分自身を偽って生きることの息苦しさを、映像という表現手法を最大限に活かして見せてくれる傑作です。

Warning

ここから先は、物語の核心に触れるネタバレが含まれます。

まだ作品をご覧になっていない方は、ここで前のページに戻るか、視聴後に改めてお読みいただくことをおすすめします。

15年という長い歳月と、避けられなかった二人の決裂

物語の中盤、二人の関係性に決定的な亀裂が入る出来事が起こります。それは、陸の父親が亡くなったことです。

陸(中身はまなみ)にとって、亡くなったのは他人の父親です。しかし、周囲からは実の息子として振る舞うことを求められます。一方で、まなみ(中身は陸)にとって、亡くなったのは紛れもなく自分の実の父親です。それなのに、他人の顔をしているがゆえに、最愛の親の死に対して息子の知人の一人という立場でしか関わることができません。

この理不尽すぎる状況は、二人の間に取り返しのつかない決裂を生んでしまいます。悲しみを共有できる唯一の存在であったはずの二人が、最も辛い場面で支え合うことができず、離れ離れになってしまう描写は非常に胸が締め付けられます。

しかし、この決裂はネガティブなだけの出来事ではありませんでした。お互いに依存し、いつか元に戻るという淡い期待にすがりついていた二人が、本当の意味で「自分の今の人生」をひとりで歩み始めるための、必要な通過儀礼だったのだと僕は捉えています。悲しみを乗り越え、それぞれが自立していく姿には、確かな強さが宿っていました。

それぞれの身体で生きた絶望と、人生を引き受ける覚悟

決裂からさらに月日は流れ、二人は別々の道を歩み続けます。

まなみとして生きていた陸は、女性としての生活を受け入れ、そのまま結婚し、出産まで経験します。心は男性でありながら、女性の身体で新しい命を宿し、母になるという過程。そこには想像を絶する葛藤があったはずですが、同時に「この人生を引き受ける」という並々ならぬ覚悟を感じます。

一方で、陸として生きているまなみは、仕事もこなし、周囲からは器用に生きているように見えていました。しかし、実は本当にこの男性の身体が嫌でたまらず、自分自身をだまし、感情を押し殺すことでどうにか毎日をやり過ごして生きてきたことが明らかになります。

それぞれの身体で長く生き過ぎたゆえの、拭いきれない絶望と葛藤。僕たちは時折、今の自分の環境や役割に対して「本当はこんなはずじゃなかった」と嘆きたくなることがあります。まなみが抱えていた自己嫌悪は、形を変えて多くの人の心に潜んでいる感情です。

それでも、彼らが毎日を投げ出さずに生き抜いてきたこと自体が、ひとつの希望です。嘘をつきながらでも、自分をだましながらでも、懸命に日々を紡いできた彼らの姿は、不器用ながらも力強く、僕たちの背中をそっと押してくれます。

元に戻る方法の発見と、「流れに身を任せる」という決断

入れ替わってから15年が過ぎた30歳の夏。物語は大きな転機を迎えます。陸の身体に入ったまなみが、「元に戻る方法が見つかったかもしれない」と告げます。

かつて喉から手が出るほど欲しかったその解決策を前にして、まなみの身体に入った陸は躊躇います。当然です。彼女(彼)にはすでに夫がいて、自らのお腹を痛めて産んだ愛する子供がいます。もし元に戻ってしまえば、今の家族との関係はどうなってしまうのか。

これまで陸の身体として必死に生きてきたまなみの思い。そして、まなみの身体として家庭を築き上げてきた陸の思い。二人は積み重ねてきた自らの歳月を思い返し、最終的にある決断を下します。それは、「流れに身を任せる」ということでした。

戻るための行動は起こすけれど、もし戻ったら戻ったでその現実を受け入れる。もし戻らなかったら、今のままの人生を愛して生きていく。それは、過去への執着を手放し、どのような結果になろうとも自分の人生として引き受けるという、非常に成熟した選択です。運命に抗うのではなく、ありのままを受け入れる彼らの穏やかな表情には、長い葛藤を乗り越えた者だけが持つ美しさがありました。

ラストの結末考察:二人は本当の自分を取り戻せたのか

映画の結末において、二人が最終的に元の身体に戻ったのかどうかは、明確な言葉や決定的な映像としては明らかにされていません。見た人の解釈に委ねられるような、非常に繊細な描き方がされています。

けれど、僕は個人的に「彼らは元の身体に戻れたのだ」と感じました。

ラストシーンで見せた二人の微妙な表情の変化や、肩の力が抜けたような柔らかな仕草。そして何より、まなみが身につけているイヤリングが、それまでとはなんとなく違う印象を与えたからです(これは気のせいなのかもしれませんが)。それは彼女が「自分の本来の身体」を取り戻し、自分自身のために装う喜びを思い出したことの暗示のように僕には見えました。

ただ、これはあくまで一つの解釈です。結局元には戻らなくて、二人は今の身体のまま、お互いの生活を全うすると決断したからこそ、あのような晴れやかで穏やかな描写になったのだとも十分に捉えられます。

どちらの結末であったとしても、この映画が残す余韻は途方もなく美しいものだと感じました。なぜなら、重要なのは「身体が元に戻ったかどうか」ではなく、二人が「自分の人生を自分自身のものとして受け入れ、生きていく覚悟を決めた」という事実そのものだからです。

僕たちが自分の人生を愛し、前を向いて歩んでいくために

映画『君の顔では泣けない』は、他人の身体を生きるというファンタジーを通して、僕たちが普段目を背けがちな「自分自身を受け入れることの難しさと尊さ」を教えてくれます。

生活の中で、自分の居場所に違和感を覚えたり、望まない役割を強いられていると感じて苦しくなったりすることは、決して珍しいことではありません。時には自分を偽り、やり過ごさなければならない日々もあるでしょう。

しかし、その葛藤や悩みの中で積み重ねてきた時間は、決して無駄ではありません。迷いながら歩んだその足跡こそが、かけがえのない「自分自身の人生」を形作っています。

もし今、皆さまが自分の現状に息苦しさを感じているのであれば、どうか無理に変わろうとせず、まずは「迷いながらも今日を生きている自分」を認めてあげてください。運命の流れに少しだけ身を任せてみることで、見えてくる新しい景色が必ずあるはずです。

静かな感動と、明日を生きるための小さな勇気をくれるこの素晴らしい映画を、ぜひ多くの方にご覧いただきたいと思います。

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Wrote this article この記事を書いた人

yasu

yasu

YASU GAME LIFE CHANNELのyasu本人によるブログです。乙女ゲーム好きな実況者です。皆と居心地の良いストレスのない場所を作るのが目標です。今までの動画・ライブ配信のまとめだったり、日々の想いを綴ります。 ※当ブログはアフィリエイト広告(Amazonアソシエイト含む)を掲載することがあります。

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