
こんにちは、yasuです。
Amazon Prime Videoでの配信をきっかけに、映画『恋に至る病』を視聴しました。斜線堂有紀先生の同名小説を原作とし、廣木隆一監督がメガホンを取った本作。リアルタイムでの劇場公開時には足を運ぶことができなかったのですが、今回配信という形でじっくりと作品に向き合うことができたのは、個人的にはとても良いタイミングでした。
最初は誰もが憧れるような甘酸っぱい純愛映画の始まりを予感させますが、物語は次第に予想だにしない方向へと転がっていきます。視聴者の間で評価が分かれる作品であることは間違いありませんが、見終わった後、心に深く残るものがあり、深く考えさせられるテーマを持った良作です。今回は、これから本作に触れる方、そしてすでに視聴して複雑な感情を抱えている方に向けて、この映画が持つ魅力と深いテーマについて紐解いていきます。
瑞々しい出会いから始まる、心温まる純愛の形
物語の序盤は、内気な男子高校生の宮嶺望(長尾謙杜さん)と、学校中の人気者である寄河景(山田杏奈さん)の出会いから始まります。目立たないように学校生活を送っていた宮嶺にとって、誰もが憧れる存在である景は、本来なら交わることのない別世界の住人だったはずです。しかし、そんな二人が少しずつ言葉を交わし、不器用ながらも距離を縮めていく姿は非常にフレッシュで、見ていて自然と微笑ましい気持ちになります。
特に、水族館での初デートのシーンなどは、青春のきらめきが画面全体から溢れ出しており、二人の純粋な繋がりを象徴する美しい場面です。宮嶺が景から「どんな私でも守ってくれる?」と問いかけられるシーンは、この後の展開を知ってから振り返ると非常に重い意味を持ちますが、この時点ではただひたすらにピュアな約束として響きます。
長尾謙杜さんの繊細で内に秘めた強さを持つ表情や、山田杏奈さんが纏う圧倒的な透明感は、青春の眩しさをこれ以上ないほど見事に表現しています。純愛映画として非常に魅力的なスタートを切るからこそ、観る者は彼らの関係性に深く感情移入し、二人の幸せを心から願わずにはいられなくなります。この前半部分の丁寧で心温まる描写が、観客を物語の世界へと引き込み、後から押し寄せる感情の波をより一層深いものにしてくれるのです。
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穏やかな日常に忍び寄る影と、人間関係の摩擦
そんな二人の穏やかな日々に、予期せぬ変化をもたらすのがクラスメイトの根津原あきら(醍醐虎汰朗さん)の存在です。密かに景に好意を寄せていた根津原は、自分とは対照的な宮嶺が景と親しくしている事実を受け入れられず、逆恨みから彼に対する陰湿ないじめを始めます。醍醐虎汰朗さんの真に迫る演技は、思春期特有の苛立ちや嫉妬、そして行き場のない感情の暴走をリアルに描き出しており、作品に強い緊張感とリアリティを与えています。
見ていて心が痛むような理不尽な描写もありますが、こうした人間関係の摩擦や葛藤は、登場人物たちの絆を深め、彼らが心に抱える痛みを私たちが理解するための重要なプロセスとして機能しています。宮嶺の窮地を知った景は、彼を守るために根津原に詰め寄りますが、そこから事態は思わぬ方向へ転がり始め、徐々に物語の雲行きが怪しくなっていきます。大切な人を守りたいという純粋な思いが、どのようにして予期せぬ事態を引き起こしていくのか。彼らがこの困難な現実にどう立ち向かうのか、ここから先はぜひ本編でその息を呑むような展開を見届けていただきたい部分です。
歪みゆく日常と「ブルーモルフォ」が突きつける謎
景と根津原の衝突の後、逆上した根津原が景にも危害を加え始め、最終的に彼が命を落とすという衝撃的な展開を迎えます。日常が非日常へと反転するこの出来事を皮切りに、学生の自殺や不審死が次々とクローズアップされ始めます。警察も本格的に動き出す中、背後に見え隠れするのが「ブルーモルフォ」と呼ばれる、学生を巧妙に自殺へと誘導する謎のサイトの存在です。サスペンス要素が色濃くなり、一体誰が何のためにこんなことをしているのか、観る者の推測を掻き立てます。
しかし物語が進むにつれ、一連の自殺を誘導していたうちの一人が、他ならぬ景自身であったという重く苦しい事実が判明します。この展開に、深い戸惑いやショックを覚える方も多いでしょう。しかし、ここで廣木隆一監督が描こうとしているのは、決して単なる悪意や狂気ではありません。正義感や愛情といった、本来は美しく正しいはずの感情が、極限の状況や他者を救いたいという強すぎる思いによって歪んでしまった結果としての悲劇なのです。
彼女の行動自体は決して肯定されるものではありませんが、その根底にある深い悲しみと痛みに触れることで、私たちは人間の心の複雑さと脆さを学ぶことができます。宮嶺は彼女の罪を知りながらも彼女を突き放すことはせず、なんとか彼女の魂を救いたい、負の連鎖を止めたいという強い思いを抱き続けます。その揺るぎない献身に、真の愛情の形を見ることができるはずです。
衝撃の結末が投げかける、他者を思いやる心
物語は、かつて景自身がその手を差し伸べて自殺を止めた少女、善名美玖利(中井友望さん)の存在によって最終局面を迎えます。美玖利が再び自らの命を絶とうとしていることを知った際、宮嶺は景に対して「彼女を止めてほしい」と強く願います。宮嶺の心からの願いに応えるように、景は自らの危険を顧みず、再び美玖利を止めに入ります。しかし、その必死の説得の最中、美玖利に刺されてしまい、景は命を落としてしまうのです。
非常に悲しく、胸が締め付けられるような結末です。しかし、景が最後に取った行動の理由に静かに目を向けると、そこには宮嶺の願いをどうしても叶えたいという、切実で純粋な思いがあったのだと僕は感じます。命を落とすという最悪の事態の中にあっても、他者を思いやる心や、愛する人の声に最後まで応えようとする確かな温もりがそこに存在していました。絶望の淵に見え隠れするその微かな、しかし力強い光が、この作品に決して消えることのない深い余韻を与え、観る者の心を温めてくれるのです。
僕たちはこの物語をどう受け止めるべきか
景が亡くなった後、事件の全貌を知った警察は彼女を「モンスター」と呼び、宮嶺に対しては「君はただ利用されただけだ」と冷酷に断じます。社会的な正しさや、表面的な事実だけを繋ぎ合わせれば、警察の言う通りなのかもしれません。景の歪んだ行動は多くのものを壊し、取り返しのつかない結果を招いてしまいました。しかし、宮嶺はその言葉を決して受け入れません。彼の心の中には、二人で過ごした穏やかな時間と、景に対する変わらぬ愛が、誰にも侵すことのできない確かな真実として残り続けていたからです。
宮嶺がただ都合よく利用されただけだったのか、それともそこに本物の愛情が通い合っていたのか。最終的な判断は、映画を観た一人ひとりの解釈に委ねられています。しかし、僕自身の考えとしては、やはり景は宮嶺のことを心から好きだったのだと確信しています。愛情や正義といった正しいものが、不器用さゆえに歪んでしまった結果、悲劇を招いてしまったのは事実です。それでも、見る角度を変えれば、これは傷つけ合いながらも互いを求め合った、哀しくも美しい究極の純愛映画だったのではないでしょうか。困難で残酷な現実を前にしても、宮嶺が最後まで愛を信じ抜いたその姿に、僕たちは人を愛することの揺るぎない強さと、明日へ向かうための確かな希望を見出すことができるはずです。
まとめとして
映画『恋に至る病』は、一筋縄ではいかない人間の複雑な感情を呼び起こし、鑑賞後も長く心に留まり続ける作品です。時に目を背けたくなるような人間の危うさや脆さが描かれていますが、それは私たちが「人生において本当に大切なものは何か」を深く見つめ直すための大切なきっかけを与えてくれます。
誰かを想う気持ちの圧倒的な美しさと、それが裏返った時の恐ろしさを同時に描き切った本作。Amazon Prime Videoでの配信により、より多くの方がこの作品に触れやすくなりました。まだご覧になっていない方は、ぜひ一度その深い世界に足を踏み入れてみてください。そして、すでに視聴された方は、宮嶺の抱き続けたまっすぐな思いに焦点を当てて、もう一度物語を振り返ってみることをおすすめします。きっと、最初とは違う新しい発見や、心温まる感動に出会えるはずです。
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Wrote this article この記事を書いた人
yasu
YASU GAME LIFE CHANNELのyasu本人によるブログです。乙女ゲーム好きな実況者です。皆と居心地の良いストレスのない場所を作るのが目標です。今までの動画・ライブ配信のまとめだったり、日々の想いを綴ります。 ※当ブログはアフィリエイト広告(Amazonアソシエイト含む)を掲載することがあります。