映画『少年と犬』感想。救いのない物語に差す光とセカオワ「琥珀」が呼ぶ涙の理由【ネタバレなし】

映画『少年と犬』感想。救いのない物語に差す光とセカオワ「琥珀」が呼ぶ涙の理由【ネタバレなし】
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こんにちは、yasuです。

直木賞を受賞した馳星周氏の傑作小説が、ついに映画化されました。映画『少年と犬』です。キャストに高橋文哉さんと西野七瀬さんを迎え、現代社会の片隅で生きる人々と、一匹の犬の旅路を描いたこの作品についてお伝えします。

正直に言うと、単なる「動物感動モノ」だと思って観に行くと、良い意味で裏切られることになります。そこにあるのは、きれいごとだけでは済まされない人間の業(ごう)と、それでも失われない心の温もりでした。

今回は実際に映画館で視聴させていただきましたが、スクリーンを見つめながら、幾度となく胸を締め付けられ、最後には浄化されるような不思議な感覚を味わいました。今回は、この映画がなぜこれほどまでに心に刺さるのか、その魅力を静かな熱量を込めて綴っていきたいと思います。

過酷な現実を旅する犬と人々のあらすじ

物語の主軸となるのは、一匹の犬「多聞(タモン)」です。彼はある強い目的を持って、南の方角へと旅を続けています。

その旅の途中で、多聞は様々な人間と出会うことになります。職を失い、犯罪に手を染めざるを得なくなった男、壊れかけた家族の間で揺れる女。社会のシステムから零れ落ち、深い孤独を抱えて生きる人々です。

彼らは多聞と出会い、それぞれの名前を付けて呼び、束の間の時を共に過ごします。多聞は決して誰かに飼われるわけではなく、ただ静かに寄り添い、やがてまた導かれるように南を目指して去っていきます。

なぜ多聞は南を目指し続けるのでしょうか。そして、その旅の果てに何が待っているのか。ロードムービーとしての美しさと、ミステリーのような求心力が、観客を最後まで離しません。

和正と美羽、1匹の犬が結ぶ奇跡の物語

本作の核となるのは、高橋文哉さん演じる和正と、西野七瀬さん演じる美羽という二人の存在です。

二人は多聞を通じて、直接的に言葉を交わす間柄となります。ただ、決して友達とか恋人とか肩を並べて歩く関係性ではなく。しかし、スクリーンを通して、彼らは間違いなく魂の部分で繋がっています。その接点となっているのが、一匹の犬の存在なのです。

和正は、社会の理不尽さに揉まれ、生きるために道を外れそうになる危うさを持つ青年です。一方の美羽もまた、抱えきれないほどの喪失感と孤独の中に身を置いています。

全く異なる場所にいながら、同じ種類の「痛み」を抱える二人。そんな彼らの前に現れた犬は、和正にとっては唯一無二の相棒であり、美羽にとっては言葉を超えた理解者となります。

高橋文哉さんの、切迫した状況で見せる悲哀に満ちた瞳。西野七瀬さんの、静寂の中で叫び出しそうなほどの孤独を湛えた佇まい。お二人の演技は、単なる華やかさを超え、役者としての凄みを感じさせるものでした。

彼らが犬に向ける眼差しが重なる瞬間、私たちはそこに目に見えない絆を感じます。それは言葉による説明を一切必要としない、映画ならではの奇跡的な演出と言えるでしょう。

それぞれ違う名前で呼ばれる犬が救ったもの

劇中、犬は出会う人によって違う名前で呼ばれます。ある時は「多聞」、ある時は全く別の名前で呼ばれることもあります。

名前が変わるということは、その犬が誰の所有物でもないことを示唆しているようにも見えます。しかし、見方を変えれば、それは彼が「その時、その人にとって最も必要な存在」に変化しているとも受け取れるのではないでしょうか。

和正にとっても、美羽にとっても、その犬はただのペットではありません。誰にも言えない苦しみを、黙って聞いてくれる存在です。批判もせず、同情もせず、ただ温かい体温でそこにいてくれるだけの存在なのです。

現代社会において、私たちは常に何かを評価され、言葉によるコミュニケーションを強要されがちです。しかし、この映画が描くのは、そうした次元を超えた「非言語的な救い」です。

和正と美羽がそれぞれ抱える重荷は、すぐに解決するものではないかもしれません。現実は依然として厳しいままです。けれど、犬の毛並みの温かさに触れた瞬間、彼らの心がほんの数ミリだけ浮上します。そのわずかな救いこそが、彼らが明日を生きていくためのよすがとなるのです。

救いのない話だからこそ、一筋の光が際立ちます

この映画について語る際、避けて通れないのが「物語の重さ」です。

はっきり言うと、この映画にはご都合主義的なハッピーエンドは用意されていません。描かれるのは、貧困、犯罪、病気、死といった、目を背けたくなるような現実の側面です。「観ていて辛くなる」という感想を持つ方もいらっしゃるでしょう。

しかし、僕はあえてお伝えしたいのです。この「救いのなさ」こそが、本作の魅力を最大限に引き出しているのだと感じました。

もし、彼らの悩みが簡単に解決し、すべてが丸く収まるような物語だったとしたら、多聞という犬の存在感はこれほどまでに輝かなかったはずです。背景が漆黒の闇であればあるほど、そこに灯る小さな光はより一層、眩しく見えるものです。

絶望的な状況の中で、犬と人間が交わす視線の純粋さ。ご飯を分け合う時のささやかな幸せ。そういった何気ない瞬間が、残酷な世界との対比によって、宝石のような美しさを放ち始めます。

ネガティブな要素が積み重なるほどに、ラストシーンに向けての「希望」の純度が高まっていく構成。その巧みさには、深く心を揺さぶられました。

主題歌「琥珀」が流れた瞬間、涙が止まりませんでした

そして、物語の余韻を決定づけるのが、SEKAI NO OWARIによる主題歌「琥珀」です。

映画のラスト、エンドロールと共にこの曲が流れ始めた瞬間、私の涙腺は決壊しました。それまでスクリーンの中で堪えていた感情が、Fukaseさんの歌声と共に一気に溢れ出したのです。

「琥珀」の歌詞とメロディは、映画の世界観を補完するだけに留まりません。まるで、言葉を持たない多聞が、心の中でずっと大切に歌っていた歌のようにも聞こえてきます。

切なく、どこか懐かしく、そして力強い。映画の中で描かれた悲しみも、苦しみも、すべてを包み込んで肯定してくれるような響きがありました。

色んな気持ちが渦巻いて、言葉にできない感情に包まれます。悲しいから泣いているのか、それとも温かい気持ちになって泣いているのか、自分でも区別がつかなくなるほどでした。ただ一つ確かなのは、この映画を観て本当によかったという深い充実感です。

映画館を出た後も、しばらくはその場を動きたくないほどの余韻を味わいました。そんな映画体験は、そう頻繁に出会えるものではありません。

まとめ:今、静かな感動を求めているあなたへ

映画『少年と犬』は、派手なアクションも、安易な感動の押し売りもありません。しかし、観る人の心の奥底にある柔らかい部分に、静かに、そして深く触れてくる作品です。

高橋文哉さんと西野七瀬さんのファンの方はもちろん、犬を愛する方、そして日々の生活に少し疲れてしまった方にこそ、この映画を観ていただきたいと願っています。

救いのない世界で見つける、確かな一筋の光。その美しさを、ぜひ体験してください。心からおすすめしたい、素晴らしい余韻の残る一作でした。

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yasu

yasu

YASU GAME LIFE CHANNELのyasu本人によるブログです。乙女ゲーム好きな実況者です。皆と居心地の良いストレスのない場所を作るのが目標です。今までの動画・ライブ配信のまとめだったり、日々の想いを綴ります。 ※当ブログはアフィリエイト広告(Amazonアソシエイト含む)を掲載することがあります。

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